映画「ひらいて」考察

■映画「ひらいて」考察


ただの一個人の考察です。

これは私の勝手な妄想に基づく考察であり、この考えが正ではないのでご注意ください。

ネタバレというかほぼあらすじなので、ネタバレしたくない人は読まないで下さい。

 

〜〜〜〜〜

たとえが朗読するシーン。読み終わって着席したら両手を組んでギュッと握りしめる。

「ひらいて」

心を開かず心を閉ざしているたとえ。

 

廊下で手紙を読んでいるたとえを見つけた愛。踊り場からたとえのいる階下に向かってゴミ箱を投げ込み、たとえと接点を持とうとする場面。愛はきっと自分の持てるテクニックを駆使してたとえとの距離を詰めようとしているが、たとえにとって愛はただのモブの1人であるためそこに何の感情も発生しない。たとえにとって個として認識しているのは美雪のみであり、美雪以外の人間はモブ扱いでしかないのだ。

 

夜の教室に忍び込みたとえ宛の手紙を手に入れ、たとえと美雪が付き合っていることを知った愛。私だけが見つけた私だけの「たとえ」のはずなのに。どういう女か確かめる為教室に行くと、そこには片隅で1人漫画を読んでいる地味な美雪がいた。糖尿病を患っている美雪は、理科室の準備室で1人こっそりとインスリンを打つ。その様子を見た美雪は、なぜこんな女と…納得できない想いを抱えるのと同時に美雪をうまく利用してたとえに近づこうと画策する。美雪と私なら私を選ぶに決まっている。たとえに近づいてたとえが私のことを「認知」してくれればこっちのものだ。そんな確証があったように思う。

 

愛はさっそく美雪の病気について調べ、そこを足がかりに美雪と距離を詰めることにする。学校で一人孤独でコミュニケーションに飢えていた美雪との距離を縮めるのは愛にとっては容易いことだった。愛の病気を理解し寄り添い、健康な愛自身が美雪のインスリンを打つという非日常を共有することで、美雪は簡単に愛のことを友達として好きになってしまう。大切な友達なので秘密の恋人であるたとえのことも簡単にバラしてしまうし、身体の関係がないことも言ってしまうし、愛からのキスも受け入れてしまう。

 

美雪から言質をとった愛は、二人きりの教室で美雪と付き合ってると聞いたことをたとえ本人に伝える。「そうなんだ」と感情のない一言を返すが、ここでたとえは少なからずショックを受けていたと思う。3年間ずっとバレないように隠し通した関係をあっさりとばらされてしまったのだから。

そして、たとえに告白し、私を選んで欲しいと迫る愛。その告白の前後でも「順番が逆になった」「ごめんね」「美雪にはちゃんと言う」など、自分をよく見せるためだけの心ない定型文が散りばめられていて、愛の言葉は薄っぺらくて感情がない。あるのはたとえが欲しい、手に入れたい、という飢えるような感情だけ。

それを見抜いたたとえは、「嘘ついてるんじゃないか」と愛に突きつける。ノーを突きつけることで、これ以上自分のテリトリーに入らないように牽制する意味合いもあったのではないかと思う。

 

たとえに選んでもらえると思っていたのに選んでもらえず、アイデンティティの崩壊が始まる愛。そんな中、たとえには廊下で会ったら会釈してくれるようになり、皮肉にもモブ→知り合いに昇格していた。

自分の信じる自分像が崩れた愛は、自信満々にセンターでダンスする気力が湧かない。そこにやってきた美雪。「神様みたいにかわいい」「また遊べないかな」と自分を肯定してくれる美雪の優しい言葉に、愛の心は満たされていく。抜け出して行った美雪の家で、双方の思い違いがあった後、愛は美雪に迫り行為に及ぶ訳だが、美雪の「愛ちゃんとキスしたこと、たとえくんに言えてなくて」を受けてからの愛の計算中の顔が恐ろしい(自分のことまでは計算できなかった愛ちゃんが可愛いですが)

美雪は戸惑いながらも身体をひらいて愛を受け入れてしまう。愛もまた、打算で美雪に近づいて関係を持ったはずが美雪に受け入れられることで心が満たされた部分があったのではないか。最近よく眠れなかった愛が、美雪の側でなら安らかに眠れたことに、それが現れていると思う。


ある日、以前に告白してきたクラスメイトの多田くんと友達のミカが睦まじくホテルに入るところを目撃してしまう愛。以前はあんなに私のことを好きだと求めてくれていたのに、私のことはもうどうでもいいのか、私よりも(レベルの低い)ミカを選ぶのか…結局多田くんも私を選ばないのか。自己をさらに否定されたような気持ちになった愛が救いを求めた先は美雪だった。

美雪は愛の苦しみを身体で受け止めた。美雪もまた満たされない寂しさを愛で埋めた。肌を触れ合わせることで互いの心と身体が満たされた瞬間だったのではないか。


寝ている美雪のスマホを使って、夜の教室にたとえを呼び出した愛。「美雪と寝た、2度も」そう伝えると教室から出て行こうとするたとえ。「聞こえた?」とたとえの肩を掴み縋る愛。たとえの首が揺れ「聞こえた」の低くて冷たい声。静かな怒りを湛えた声だった。その後、ロッカーに戻りおもむろに美雪からの手紙をカバンに詰め始めるたとえ。今まで敵は家にいる父のみであり、手紙は学校で保管しておいた方が安全だったが、学校にも愛という敵がいるという認識からの行動なのではないか。(皮肉にもこの行動により美雪の存在が父に知られることになる)

脱いで下着姿になってたとえに近づくも「服着て」→「着ろよ」の明確な拒絶。さらに、「お前のようなやつは嫌いだよ」から続く拒絶の言葉は、暴力的に自分の物を奪い楽しむ存在である父を愛に重ねているようにも思う。愛はおそらくちゃんと?たとえのことは好きなのだが、相手の気持ちを考えずに力ずくで手に入れることしか考えていない愛の存在は嫌悪の対象でしかなく、たとえにとっては父と同じように映っていたのではないか。この場から解放されるためだけに行った何の感情も入っていない機械的なハグからのキス。こんな作業に満たされることはなく、愛の作り笑顔がただ苦しい。「自分しか好きじゃない笑顔だ」「俺に微笑みかけてみろよ」そう言ってたとえは教室を出ていった。一人教室に残された愛の横顔が、固まったままの作り笑顔と踏み躙られたプライドがぐちゃぐちゃに混ざった表情で可哀想だった。


警報音がけたたましくなってやっと起きられる状態の愛。いつも整頓されて綺麗だった部屋は見る影も無くぐちゃぐちゃに荒れている。

指導中に教師に「自分勝手」と指摘されその場を飛び出してしまったり授業中も無気力で勝手に出ていったり問題行動を起こす愛。そんな愛を心配したミカと多田が、屋上で佇んでいた愛に歩み寄り声をかける。愛はそんな二人を見て「二人はなんなの?付き合ってるの?セフレ?」と一瞥するが、ミカの消え入るような「セフレだったらバカだと思う?」の一言に「…思わないよ」と自嘲気味に返す愛。以前の愛なら心の中で嘲笑っていたと思う。男に利用されているだけの馬鹿な女だと。たとえに裸同然で迫っても拒絶された今の愛には、身体だけでも繋がることを選んだミカの気持ちは痛いほど分かるし、羨ましくもあったのだと思う。


たとえが大学に受かったので、一緒に東京について行くと愛に伝える美雪。たとえに他に好きな子ができても良いと言う美雪。現実味のない綺麗事を並べる美雪にいらつく愛。そして、愛ちゃんとのことをたとえくんに話したい、と言われついに愛は美雪に打算で近づいたことを告げてしまう。今までのことを謝罪しこれからを応援する言葉をスラスラと並べる愛に「愛ちゃん怖い」「全部嘘」と美雪に指摘されてしまう。耳障りの良い定型文を並べただけで何の感情も入っていない言葉だった。


ある日、美雪が尋常ではない様子でバス停に急ぐ姿を見つける愛。持っていたジュースを投げ捨て美雪のもとに走る姿は、打算も何もなくただ美雪を助けたい一心からの行動だったように思う。たとえの家に向かうバスの中での美雪の「愛ちゃんなにしに来るの」は美雪の本心だと思う。愛は何も言わない(きっと自分でも整理できない感情だから何も言えない)

たとえ父が家でかまぼこを振る舞うにしても台所で切ったものを持ってくるのではなく、その場で包丁で切り落とす所が怖かった。目の前で包丁で蒲鉾を雑に切りながらの「逃がさないからな」はもはや強迫でしかない。

父に母との写真を割られ、彼女を物のように品定めされ侮辱されたたとえが逆上して父に掴みかかるも殴れないのは、すでに強迫による心理的制圧が完成されているのかもしれない。そこで、愛が鉄砲玉のように飛び出して父を殴るのだが、これは2つの意味があると思う。1つ目はたとえの父からの心理的解放。ここでたとえは目が覚め、後の場面の「東京に行けばどうにかなる相手じゃない」という愛の言葉に「そうだな」と素直に同調している。2つ目は愛自身の解放。たとえ父と愛は同種の人間だが、たとえの気持ちを踏み躙り暴力的に制圧しようとするさまを目の当たりにした愛は、素直に激しい怒りを父にぶつけている。たとえの父、つまり自分の分身を殴ることで、無意識に自分の醜い部分を叩き壊そうとしたのではないか。


たとえの家から逃げ出した3人。「あんたたちバカなの?まともな相手じゃない」みたいなことを愛が言って、たとえが「そうだな」と同意し、美雪がたとえの服を握りしめて「私たち長く付き合ってきたけどどこか距離があったね」と縋る。たとえと美雪が綺麗事ではなくはじめてきちんと本音で向かい合えた瞬間だと思う。たとえと美雪の会話や手紙はどこか現実味がなくそれこそ嘘っぽかった。現実に向き合わず、耳障りの良い言葉を並べて一緒に東京に行くと夢見ている二人はお互い心をひらいている状態ではなかった。愛のおかげで初めて本音を出すことができたと思う。

 

そして、雨に降られ逃げ込んだホテルでは、ソファでたとえと美雪が寄り添って話して、少し離れたベッドから愛がその様子を見ている。たとえと美雪は寄り添って話しているだけではあるが、前述のシーンですでに二人の心はひらかれており、このホテルのシーンでは身体もひらいていることを仄めかしていると思った。(さすがに愛がいるのでこの場で関係は持たないと思うがすぐにそうなると思う…と思ってたら、監督が裏設定でこの後関係を持ったと言っておられたので、解釈が合ってて嬉しかった!)


今朝は警報音が鳴る前から目覚めている愛。愛は母が作ったマフィンを食べ、愛のぼろぼろになっている爪を見て「顔がなくなっても爪の形で愛ちゃんと分かる」と言う母。思春期の娘が困っている時も娘に過剰に介入することなく、愛が普段の生活を送りやすいようにルーティン(お菓子作り)を続けて、お菓子たべる?の声かけや爪の形の話やメッセージカードを通して少し遠くから見守り続ける母はすごいなぁと思った。


卒業式直前、桜のオブジェを蹴り倒す愛。想いをこめた折り鶴で作られた桜のオブジェは、たとえへの想いの象徴であると思う。それを、蹴り倒して破壊することで、たとえへの想いを断ち切っている。とはいえ、ホテルのシーンでたとえへの飢えるような感情は、愛情から友情かなにか別のものへ昇華されたような気はする。たとえを目の前にして、「針で目を突けるけど?」と言う愛だが、脅しているわけでもなく軽口のようなもので、もうそこにはたとえへの執着はない。たとえは「もういい」と言い、愛の頬を「ひらいた」両手で包み、目を合わせ、愛のすべてを受け入れ肯定したのだった。


卒業式。机の中には折り鶴が残っていた。折り鶴にはたとえへの念が織り込まれてるはずだか、ひらくと何もなかった。昔はあんなに好きだったのに今思えばなんでそんなに好きだったんだろう、と思う瞬間が人にはあるが、まさにそんな感じではないか。さらに机の中には、美雪の手紙が入っていた。たしかに美雪と身体を重ねたあの瞬間は満たされていた。愛は美雪に何も返せていない。卒業したらもう会えない。美雪の教室に向かって走り出す愛。美雪に近づき囁く。「また一緒に寝ようね」

それがどういう感情に基づくものなのか分からない。愛情なのか友情なのか、何もないのか。ただ一つ確かなことは、二人が求め合ったあの瞬間だけは心も身体もひらいていて、満たされた瞬間だったのではないか。

 

愛の自分勝手さばかりクローズアップされていたが、相手のことを考えずに「一緒に東京についてきて欲しい」と彼女に言うたとえも無責任で自分勝手だし、地元で受験したにも関わらず何の目標もないのに「彼氏について行く」と親に言える美雪も世間知らずで自分勝手。三人の言葉にはどこか嘘があって心をひらいていなかった。

ひらいた三人はこれからどうなるのだろうか。一人で乗り越えられた愛はきっと大丈夫だと思う。数年後に黒歴史として思い出せるくらいにはなってるんじゃないかな。たとえは東京の大学に出て勉強するけど、蒲鉾屋の父の元に帰ってきそうな気はする。優しい子だから。父もきっと寂しい人なのだから見捨てる事は出来ないだろうな。でも本当に幸せになってほしい。美雪はたとえと本音で話せたら、男のためだけに東京について行かないと思う。「恋愛くらいで人生変えたくない」って大森靖子も歌ってたし。それこそ文通したらいいと思うけど〜。どう?

〜〜〜〜〜

 

HiHi Jets 作間龍斗くんが「ひらいて」に出演すると知って、原作をすぐに買って読んでこの作品にたとえ役で出演できることにまず感動しました。そして、夜の教室のシーンの作ちゃんを想像して卒倒しそうになったことは良い思い出です。映画は小説よりも分かりやすくてでもそれぞれのシーンに意味が深すぎて考察するのがすごく楽しかったです。こんなに考察した作品は初めてかも。杏奈ちゃんの愛、作間くんのたとえ、芋生さんの美雪、この3人じゃないとこの作品は成立しなかったし、なにより首藤監督の熱量がすごくて本当に素晴らしい作品に仕上がっていると思いました。作間くんが出演しなかったら、きっと「ひらいて」に出会うことはなかったので素敵なご縁を頂けて本当に嬉しかったし楽しかったです。本当にありがとうございました!